AI は増幅器である
Vol.002 — 2026 年 9 月 18 日発行
ご無沙汰しております。主筆の池淵峻一です。創刊号から 5 か月、間が空きました。
この 5 か月、ニュースレターを書くことに手が回りませんでした。そのあいだに出したものと、 つくる過程で引っかかったことを、この号でまとめてお伝えします。
近況報告
世に出したのは 3 つです。食事管理アプリ eatreel.ai と、紙の本を 2 冊 (freee で備える税務調査リスクマネジメント、 Commons of Japan Book 1 ― 水と森)。
どれも AI が無ければこの期間では出せませんでした。eatreel.ai は記録・解析・課金まで そろえた SaaS です。6 月に始めて 8 月頭にリリースしたので、2 か月でした。 従来のやり方であれば、たくさんの人を集め、半年以上はかかっていたと思います。 どう進めたかは、いま本にまとめています。
税務調査の本は、本文の税務記述を税理士に執筆・監修していただきました。 Commons of Japan は縦書きに組み直しました。
ISBN は 2 冊とも自社で取りました。Amazon が無料で配る番号もありますが、あれは Amazon で売るためだけのものです。他の売り先に出したくなったら、番号から取り直すこと になります。自社の番号なら、あとから出す先を選べます。
Amazon が嫌なのではありません。電子書籍はいまも Amazon で出しています。読者がそこに いるからで、これは判断した結果です。
このニュースレターを自社の仕組みで出しているのも同じです。配信サービスに読者名簿を 預けていると、値上げされても、そこが畳んでも、こちらに打つ手がありません。 選択肢を出し、選択肢を持つということが大事です。
いまは、小さな宿向けの予約システムをつくっています。新しく宿を始める方からの相談が 発端です。
観察
eatreel.ai は、自分の不満をそのまま形にしたものです。食事の記録をとることは続けては いました。ただ、入力が苦痛で、入力したものを活用できている実感がない。続けている意味が 自分でも分からなくなっていました。
2 冊の本は、どちらもある方からの指摘が起点でした。税務の記述は「税理士ではないから断言 できない」が複数ある、監修を入れるべきだ、と。本の組みは、技術書以外は縦書きがいい、と。 まずは Commons of Japan から始めました。どちらも言われるまで気にしていませんでした。 自分が読んで違和感がないことと、書籍として良いかは別です。
開発中の予約システムは、既製品を調べるところから始めました。1 棟だけの宿に、機能が 多すぎる。その宿は自分たちで集客できるので、予約サイトとの連携も出番がない。それでも、 どれを外すかは自分では決めきれませんでした。つくれてしまうので、どれも必要に見えてくる。
洞察
AI に仕事を任せている人の話です。
使えば、出せる量は増えます。ただ、判断の回数も同じだけ増えました。 AI の出力は、一見もっともらしくできています。もっともらしさは正しさではありません。
このため気にするべきは「AI がどれだけ賢いか」ではなく、「どう確かめるか」です。そして 確かめ方を決めるのは、確かめる先がどこにあるかでした。3 つとも、それが自分の手元に あるかどうかで分かれました。
手元にあったのは eatreel.ai です。自分が毎日使います。確かめる先が自分の不満なので、 おかしければ使った瞬間に分かる。速くつくって、使いながら直しています。
手元になかったのは 2 冊の本です。コードなら動かせば分かる。法令の解釈は、私には動かして 確かめることができません。組みが読みやすいかも、自分の目では分かりません。外から言われて 初めて見えたのが、その状態でした。それで税務記述は税理士に監修していただき、Commons of Japan は縦書きに組み直しました。どちらも速く出すのとは逆の判断です。
手元にあって、引き算をしたのは予約システムです。既存サービスの機能表をそのまま入力に すると、時間をかければどの機能もつくれそうに見えます。ただし、増幅されるのは出力の量 だけではありません。複雑さも一緒に増えます。
そこで、私たちが顧客とする宿に何が要るかを考え直しました。在庫がひとつなら料金の最適化 は要らない。予約サイトとの在庫連携は既製品でいちばん重い機能ですが、これも外せました。 逆に外せないものもはっきりしました。宿泊者名簿です。つまり、法令遵守です。旅館業法で 3 年の保存が要ります。
複雑さは、維持コストを跳ね上げます。つくるのは一度でも、直しつづけるのは何年も先まで です。つくれてしまうからこそ、その複雑さは本当に必要なのか、いちど立ち止まりました。
引くばかりでもありません。本の縦組は、かなり苦労しました。まだ直すところも残っています。 ただ仕組みが手元に残ったので、技術書以外はこれから縦書きで出していきます。一度きりの 手間と、あとに残る仕組みは分けて考えます。
まとめ
確かめる先が自分の外にあるものは、外から言われるまで見えません。だから人に見てもらう ところまでを、確かめ方に含めておく。税理士に入っていただいたのも、縦書きに組み直したのも、 起点はそこでした。
正しい、美しいといった「判断」は、誰がするのか。そこだけは、まだ AI に渡せずに います。そして、これからも渡すことはないでしょう。
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池淵峻一
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