Vol.003 制作の現場

おもしろいと決めるのは、だれなのか?

Vol.003 — 2026 年 9 月 25 日発行

主筆の池淵峻一です。前号から 1 週間、いつもより早い号になりました。

この号では、いまつくっているゲームの話を書きます。遊びとは、なにか。おもしろいと決めるのは、だれなのか。つくりながら、そのことを考えていました。

近況報告

思えば、いまのように AI を使うようになったきっかけも「遊び」でした。2025 年の初め、「今年どれだけ AI で遊んだかで、来年が決まる」とある方に言われたのです。それから 1 年半あまり、AI をかなり遊び倒したと自負しています。その先で、いまゲームを 1 本つくっています。日本のコモンズ(入会地や共同の漁場のように、地域で分け合って使ってきたもの)を巡る、旅のゲームです。

もとになったのは、2025 年 11 月の論文 Malinowski’s Lens です。人類学の古典、マリノフスキー『西太平洋の遠洋航海者』(1922)を、生成 AI で遊べるゲームにした研究でした。プレイヤーはマリノフスキーとして島で調査をし、AI が本文を引きながら場面と会話をつくります。まずこれを自分の手で作り変えるところから始めました。

題材を日本のコモンズに移し、企画書をまとめました。舞台は、実在の地域をもとにした架空の土地です。プレイヤーは見習いとして土地に滞在し、炭を焼く煙の色や、網を上げる頃合いを、その仕事を担う人から教わります。

観察

Malinowski’s Lens の検証では、専門家でない 10 人が遊んだあとの理解度の小テストが平均 10 点中 7.5 点、使いやすさの評価が 100 点中 83 点でした。人類学者の 1 人は、遊ぶうちにマリノフスキーの仕事に「新しい面」を見つけたそうです。古典は、読ませるより体験させると伝わる。再現してみて、そこは頷けました。

一方で、会話や描写を AI に任せると、話は一見破綻せずどこまでも続きました。 ゲームをつくっている方と話した際に、「AI にゲームをつくらせると、面白さがまだつくれないので、シミュレーターになる」という趣旨の話を伺いました。つくらせたものが、人が加わらなくても動き続けるシミュレーターになる。試作は、まさにそうなりかけていました。

洞察

おもしろいと決めるのは、だれなのか。

遊びの研究は、昔からこの問いに一つの答えを出してきました。同じ作業でも、遊びになるか仕事になるかは、作業ではなく、している人の構えで決まる。哲学者のサンタヤナは、仕事と遊びの違いを「強いられているか、自由か」に置きました。ゲーム研究者のカースは「遊ばなければならない人は、遊ぶことができない」と書いています。心理学者のチクセントミハイは、34 秒の組立を 1 日 600 回繰り返す工員が、自分で記録を破る目標を立てて、その仕事を 5 年楽しみ続けた例を挙げています。おもしろさは、ものの側ではなく、手を出す人の側で生まれる。

自分が AI を遊び道具にしているのも、同じ理屈で考えています。1950 年代の終わり、MIT の鉄道模型クラブの学生たちは、寄付された中古の電話部品を組み合わせて線路の信号を操り、その新しい使い方を「ハッキング」と呼びました。コンピュータを最初に遊び道具にした人たちが、ハッカーと呼ばれるようになります。いまでこそ侵入者の意味で使われがちですが、本来のハッカーは、仕組みを知りたくていじり回し、ばらばらに分解してみる人のことです。ときには、発見の楽しさのためだけにそうする。役に立つかどうかより先に、手を出す。

当時のコンピュータも、はじめは何の役に立つのか、はっきりしない道具でした。役に立つことが決まる前に、遊び倒した人たちがいて、その遊びの中から使い方が見つかっていった。AI もいま、同じ場所にあると思います。何に使えるかを先に決めずに遊ぶ。その遊びの中でしか、見つからない使い方がある。

人類学は、遊びを子どもの余りごとではなく、文化の根として見てきました。ホイジンガ『ホモ・ルーデンス』の副題は「文化のもつ遊びの要素についてのある定義づけの試み」です。祭りも、競技も、取り決めも、遊びの形をとって生まれる。そのホイジンガは、遊びが日常から切り離された境界の内側で起きることを「魔法の輪」と呼びました。この輪も、中に入る人がいて初めて立ち上がります。コモンズも同じ形をしていると、自分は読みました。入会の取り決めは紙に書かれていても、山に入り、網を上げる人がいなくなれば働かない。

そう考えると、AI がつくった試作が「一見ちゃんと回っていくが、おもしろくない」理由も見えてきます。AI は、回り続けるものはつくれる。けれど、おもしろいと決めるのは遊ぶ人で、その人が手を出す余地がなければ、おもしろさの生まれる場所がありません。人がいなくても回るものは、見るものであって、遊ぶものではない。これを企画の受け入れ基準に置きました。

即興が要る会話や描写は、AI に任せます。土地の暮らしがいつ途切れるかは乱数の種で決め、誰が何を知っているかは人が設計します。全体の地図、達成率、土地を一つ残らず救う勝ち方は入れませんでした。プレイヤーが選び、書き留め、書かなかったものは本当に消える。おもしろいかどうかは、その選び方の側で決まるようにしたいからです。

まとめ

おもしろいと決めるのは、つくる人でも AI でもなく、手を出す人、やってみる人です。いまのところ、それが自分の答えです。だから、つくる側にできるのは、手を出す「余地」を残すことです。コンピュータに手を出した人たちがハッカーだったように、AI に手を出して遊び倒した 1 年半の、ひとまずの答えでもあります。

土地とコモンズの話の元は、Commons of Japan Book 1: 水と森にあります。この本は、英語版も出しました。

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池淵峻一
Pigeonworks LLC
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